池波正太郎をめざして

読書の栞

日々の読書の記録、感想を書きます。

池井戸潤「シャイロックの子供達」

シャイロックとはシェイクスピアの作品に出てくる金貸しである。実に強欲な人物である。いわゆる悪人である。

 

舞台は銀行である。

実名を伏せてあるが、東京三菱銀行なのだろう。その大田区の支店である。三菱は財閥の中でも組織優先で知られている。その空気がよく出ていた。

作中に「はるな銀行がニューヨークで事件を起こす」と言う部分が出てくる。おそらく大和銀行がニューヨークで巨額損失を出す事件があった時期と考えられ、そこから換算すると1995年あたりの話であろう。

バブルの後遺症で、各銀行が不良債権を多額に抱えており、社会不安があった時期だ。その当時の銀行の内部をよく描写している作品である。

 

個人的には説明が過多な小説と言うのはあまり好きではない。だが今作のようにほぼ説明だけで成り立っているような清々しい小説は逆に面白い。

 

人物描写が少しステレオタイプな気がしないでもない。

副支店長に古川という男が出てくる。高卒で叩き上げのバンカー。自分の学歴にコンプレックスを持っている。ただ他の大卒の人間と比べ、能力や精神力で勝っている男だ。そこそこ出世もした。

このような男が、過去の学歴にコンプレックスを抱くのかどうか。逆に跳ね返してしまった男として描いても面白かったのではないか。高卒だから、学歴にコンプレックスを持つだろうというのは、大卒者のエゴなのではないだろうか。高卒で無能なら思うのかもしれないが。

 

もう一人あげる。

後半で重要な役割を演じる愛理という女性についても言える。彼女は新卒で銀行に入るのであるが、直前に父親が他界してしまう。下に妹がいてまだ世話をしなきゃいけないので、自らの給料の半分を家に入れている。だから他の女性行員に比べ、経済的に不自由である。

という設定になっているが、実家住まいでいる限り、それほど生活費はかからず、給料の半分も使えれば、困るほどでもないだろうと思ってしまう。

それでもけなげにやっているという設定なのであるが、暴走している設定にしても面白かったのにと思う。

そして存在が薄くなってしまう彼女の恋人をもっと悪人として使えば良かったのに。そんなことを考えた。

この小説では銀行の内部を描きつつ、そこで働く人々の人生を描いているのであるが、解説で解説者が「滝野の『ヒーローの食卓』は涙無くして読めない」と、素っ頓狂なことを書いていた。この小説では皆が皆、我欲に負け脛に傷をもっている。滝野もその一人なのだが、家庭を守るために、的な言い訳をしているのが、『ヒーローの食卓』の章である。みな家族のために踏ん張って悪いことをしないのである。どうして、これに共感できるのかは理解不能だ。

 

後半ミステリー小説のような展開をしていくのであるが、そこが面白くないと思った。徹頭徹尾銀行を描いていく、そういう作品にしてしまった方が、面白かったのではなかろうか。

当たり前だがミステリーは最後に解決されてしまう。つまり話が閉じてしまうのである。

面白い小説とは読み手がその作品の中で何かを発見し、読後それについて考え続けてしまうようなものだ。当たり前だがミステリーは最後に解決されてしまう。つまり話が閉じてしまうのである。

それでは小説について読者は、読後感が良いとか技術的にうまいとかそんな感想しか浮かばず、新たな大きな発見には結びつかないのである。その点で不満が残った。

始まりの古川の話が面白かっただけに残念だ。

ただヒット作を連発する前に実験的に色々なことをやったのがこの作品であり、その観点から読むと非常に面白い。

 

 

シャイロックの子供たち (文春文庫)

シャイロックの子供たち (文春文庫)

 

 

 

「空也」

空也という人について、あなたは説明できるだろうか。

私はこの本を読むまでは自信がなかった。

市の聖と呼ばれ、六波羅蜜寺にある口から梵字を吐いている像が有名だが、それくらいしか知識はない。

実は傍流ではあるが皇族の出であるという説がある。

ときは平安時代中期。ちょうど平将門が新皇と称して、坂東平野で暴れまくった時期と重なる。藤原純友が瀬戸内海で氾濫を起こした時期だ。ちなみに二人は結託していたとも言われる。

皇族であるが母親の血筋が悪く、傍流であったために、皇族として認知もされなかった。失意のために母親は井戸に飛び込んで自殺する。それがトリガーを引いて、貴族の世界から飛び出す。

飛び出すきっかけになったのは、猪熊と呼ばれる聖たちの活動を見たことだ。人々を救うために、川が決壊すれば土嚢を積んで直し、うち捨てられた人々の供養をする。そんな世界に飛び込みたくなるのである。

 日本の仏教というのは変わっていて、官製の寺で得度を受ける。当たり前のようでいて、宗教がここまで国家に管理されているというのは珍しいだろう。空也はその総本山である延暦寺に入るのではなく、様々な寺で修行を積む。

修行中に様々な状況にある大衆と出会い、彼らを救う道へと進む。

 

将門と板東で出会った後、京都で浄土教の布教をする。

恥ずかしい話であるが、浄土教はもともと中国にあったものらしい。日本発の民間信仰が元だと思っていた。

市で金鼓を打ち鳴らしながら、「南無阿弥陀仏」と唱えるのであるが、これがはじめ、民衆の耳には死を招く言葉に聞こえた。貧しきもの、病めるもの、罪を犯したもの、すべてのものを救うため、空也は積極的に「捨てる」。身を投げ出すように仏教の戒律を破るようなことでもする。長年かかって作った、十二面観音像に貼ってあった金箔もそぎ落としてあげようとする。皆のために井戸を作って、または井戸を再生させて、人々に与える。地震があっても、洪水があっても、諦めず、皆で力を併せて生きていくことを教えるのである。

徐々に信じる人々が増えて、道場を構える。後にその道場は「西光寺」と呼ばれるようになる。

 

人々の生活の足下にはこのような宗教があって、支えている。この感覚があれば、精神的に安定することができる。それにとかく人々というのは力を合わせられない。エゴが邪魔をするのである。

 

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 個人の問題に帰せずに、社会全体の問題として、苦しんでいる人を救っていく。今大事なのはそういうことなのかもしれない。が、その根底には空也のやっているような活動や感覚が根底に必要なのではないか。