池波正太郎をめざして

読書の栞

日々の読書の記録、感想を書きます。

光圀伝

 

 冲方丁による本である。山田風太郎賞受賞。

1,概要

 水戸黄門にでてくる水戸光圀、黄門様。誰をイメージしますか。東野英治郎西村晃佐野浅夫石坂浩二里見浩太朗、いろいろな人がやっている。調べてみると、エノケン榎本健一)、ロッパ(古川緑波)もやっている。

 私の個人的なイメージはやはり西村晃だろうか。しかし、オンタイムで見ていたというより、再放送でやっていたのを何回か見たという感じである。

 そんな水戸黄門の実像に迫る作品だ。

2,物語。

 「大日本史」はご存地の方も多いと思う。日本史で習う。この書物の編纂に血熱をあげたのが光圀だ。結構な大事業である。この編纂のための資料集めのために、地方に派遣されたのが佐々介三郞宗淳と安積覚兵衛澹泊の二人を含めた藩士であった。ドラマに出てくる佐々木助三郞と渥美格之進、助さんと格さんのモデルだ。

 大事業を興す人間というのは、やはりエネルギーの総量が違う。それは幼少期からそうだった。少年期までの光圀は、いわゆる「無頼の徒」に近かった。やんちゃだったのだ。引くに引けなくて辻斬りをしたりもする。そこで出会ったのがたまたま江戸に来ていた宮本武蔵。一瞬にして殺されそうになり改心する。

 母は侍女であり、父は水戸藩主初代頼房である。この父親がなかなかの厳しい人で、幼少の光圀に濁流のなかを泳ぎ切れ、なんていったりする。厳しい資質をついだのか、無頼になるのであるが、その後光圀は詩作と儒学に目覚める。

 やがて自らの手によって、「大日本史」を編纂しようと思い立つのである。

 (核心を書かないように、書かないように、と思って書いたら、思ったよりもスカスカになってしまった)

3,感想

 詳述はしないが、三男である自分が家督を継いでしまうということにずっと違和感を感じている光圀。これを後に解決する。それはとても儒教的な解決策であった。

 水戸藩は幕末まで「儒教原理主義」である。それはおそらく光圀が招いた、朱舜水の影響があり、「朱子学」であった。だが、ちと尖りすぎていた。だから、維新政府が成立したときにいち早く「尊皇攘夷」を打ち出したのに、雄藩として君臨できなかった。その「尖り」というか、「堅さ」がよく書かれているのかもしれない、と思った。

 上の家督に対する違和感の解決策でも、読んだ瞬間は名案である気がするのであるが、ちょっと時間が経つと、なんとも言えない感覚が沸いてくる。要するに、不自然なのである。司馬遼太郎は中国の近代化が遅れた理由を、この儒教にあると考えた。儒教は理想的な過去に従うという側面を持つ。これが新しいものを受け入れるのを拒否したのだと考えた。これは小説家のひとつの見解に過ぎない。だが、物語後半の一見すると感動的な話の素地に儒教の持つ独特な堅さを見いだせるようになると、それも本当なのかもしれないと感じた。

 

 基本的に光圀以下、キャラが立っている本であり、怯む本の厚さだが、厚さほど読むのが大変ではない。

 もしもあなたが所属する組織がだめな人間ばかりで、「こんな人間にはなりたくない」と考えながら日々過ごしているのであれば、この本はとても楽しいし、感銘を受けること必至である。ガンダムのシャアが好きな人はこの光圀に惚れてしまうだろう。

 

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