池波正太郎をめざして

読書の栞

日々の読書の記録、感想を書きます。

五五歳からのハローライフ

 

 様々なシチュエーションにある中高年のこれからの人生を描いた物語。

 二〇一四年にはNHKでドラマ化された。

1,目次

・結婚相談所

 熟年離婚した妻の物語。

・空飛ぶ夢をもう一度

 リストラされて警備員をしている男が山谷にいる旧友と出会う話。

・キャンピングカー

 定年後キャンピングカーで妻と旅行する夢を語って、妻に拒否される話。

・ペットロス

 子どもが独立した後にペットを飼う話。

・トラベルヘルパー

 結婚したことがなく、独り身で暮らしてきたドライバーが元教師の女性に恋をする話。

2,感想

 引用する。キャンピングカーの一説だ。

「たとえ夫婦や親子でも、その人固有の時間というものがあって、それは他の人間には勝手にいじれないものなんです。会社ひとすじに生きてこられた中高年の男性に多いのですが、そのことに気づいていないケースが案外多く見られます。日本の会社にありがちな、従属と庇護という関係性の中では、他人を、対等な別個の人格として受け入れる訓練ができていないことが多いんですね。誰でも自分の時間を持っているという、気づきですが、それは、人間にとって本質的で、一種の事件なので、人によっては、一時的にですが、精神が不安定になることがあるんです。そして、これはわたしの個人的な意見に過ぎないのですが、不安定になる人ほど、誠実な場合が多いです。(以下略)」

 この短編集のテーマはこの会話文に凝縮しているといっていい。

 よく村上龍は「歳を取って大事なのは、身近な人との関係だ」ということを最近エッセイなどで言っている。そのテーマに沿った短編集なのである。あれだけ散散、海外で遊び狂っていた村上龍がよくこういうことを言うな、と思ってしまうのであるが、「じゃあ間違っているのか」と言われれば、「正しい」としか言えない。

 今、村上龍が家族と良好な関係を結んでいるのであれば、それは特殊な例であろう。

 

 この記事を読んでいる人が若い人であっても、それは無関係な話ではない。なぜかといえば、村上龍のような例は特殊な例であって、たいていの家族における、良好な家族関係というのは長年の蓄積でできるものだからだ。定年してからそれをやろうったって、そりゃ虫が良すぎるぜ。そのころには、というより、かなり前からあなたの奥さん、恋人は「うんざり。あなたが定年してからは勝手にさせて」と思っているものだ。

 

 共働きが普通になった、今の四〇代以下の夫婦においては、逆に妻に対して上の気持ちを抱いている夫というシチュエーションも出てくるだろう。

 

 上の引用でもあるが、良好な家族関係というのを我々は考え違いしているのかもしれないと思う。たいてい良好な家族関係といえば、べったりと常に一緒にいる関係を想像してしまう。だが、子どもも含めて良好な関係というのは、家族それぞれが自分の世界というものを持っていて充実しており、その充実を認め合っている関係なのではないか。「キャンピングカー」という作品は一番それが端的に書かれている。

 

 普通のサラリーマンだという人間が一番この作品を読むべきなのかもしれないと思う。家族というものがとてもよく分かるから。それに会社に庇護されていない自分というものを見つめ直すチャンスにもなると思う。たぶん読むと、「子どものことを一番大事に考えています」といって、子どもに依存しているサラリーマンは反省するだろう。

 

 たぶん若い人だろう、ブログの記事で「村上龍コインロッカー・ベイビーズのような反社会的(に見えるらしい)な作品を書いてほしい」ということを書いていた。中年である自分にとって、この作品は若い頃にコインロッカー・ベイビーズを読んだ時のように刺激的ではないが、ドキドキする、というかぞっとする作品である。一度読んでみな。

 

55歳からのハローライフ (幻冬舎文庫)

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